柳井 信乃

これはリージェンツ運河です
これはリージェンツ運河ではありません

これは楽譜です
これは楽譜ではありません

これは走る音です
これは走る音ではありません

これはあなたの夢です
これはあなたの夢ではありません

2021、バイノーラルサウンド(1時間41分35秒)

©︎ Shino Yanai

*ヘッドフォンでの鑑賞をお願いいたします

CURATOR’S NOTE

作家である柳井自身が、ロンドンのリージェンツ運河沿い、西のリトル・ヴェニスから東のライムハウスまでの、およそ15キロメートルの距離をランニングした時間が、作品の長さである。作品のタイトルは、J・G・バラードの小説『The Day of Creation(邦題:奇跡の大河)』にちなんでいる。バラードの小説において主人公はサハラ砂漠に突如出現した河川の水源を目指すように、柳井は産業革命期に作られた運河沿いを走りながらテムズ川との合流地点へ向かう。

タイトルの末尾に付された4/4は、作品の冒頭と最後に聞こえるメトロノームの拍子である。この拍子にできるだけ合わせた、ミニマル・ミュージックを彷彿とさせる息遣いの反復がこの作品の基調音となる。そこに英語やその他の言語による人々の会話の断片や、動物の鳴き声、あるいは鉄道か水門などを思わせるローファイな工業音が、カナル沿いの特定の場所の性格を示唆する音として重ね合わされる。断片的でまとまりを欠いた雑音は、本来、音楽において、あるいは都市において排除されるべき存在である。また日常において、わたしたちがあまり傾聴することのない音でもある。そうした雑音が柳井の息遣いを背景に前傾化するが、それらは心地よい調和を作り出すことはない。あくまで雑音として不意に聞こえては過ぎ去っていく。このようにして生まれた軋轢の集積のような音楽は、さまざまな矛盾や葛藤を歴史的に抱えてきたロンドンという場所を駆け抜ける臨場感をもたらしてくれる。(M.T.)

CREDITS

謝辞

ランニングインストラクター

SHIDAMI Yasunobu

PROFILE

柳井 信乃(やない・しの)

1979年、奈良県生まれ、現在、ロンドンを拠点に活動。柳井は美的なものに潜む残虐性や、社会的にあるいは歴史的に覆い隠された暴力をフィールドワークによって捉え、その複雑な諸相をパフォーマンスや、主に映像や音などを用いたインスタレーションで表現してきた。最近では道と痕跡に関心を持ち、《Blue Passages》(2016)では、ヴァルター・ベンヤミンがナチスから逃れるために進んだとされるピレネー山脈の小道を辿るパフォーマンスを行い、またそれを記録した映像作品も制作している。
近年の主な個展に、「The Deep End」(佐賀町アーカイブ、東京、2019)、「Blue Passages」(White Conduit Projects、ロンドン、2016)。グループ展に、「de-sport: 芸術によるスポーツの解体と再構築」(金沢21世紀美術館、石川、2020)、「コロナ禍における文化芸術」(ゲーテ・インスティトゥート東京、東京、2020)、「夢か、現か、幻か」(国立国際美術館、大阪、2013)など。