飯山 由貴

hidden names

2014、2021、ビデオ(25分12秒)

©︎ Iiyama Yuki

あなたの本当の家を探しに行く

2013、ビデオ(33分41秒)

©︎ Iiyama Yuki

あなたの本当の家を探しにいく

10 月 24 日 夜

「この家はわたしの本当の家じゃない」と泣き出して、もう線のきれている電話から、「本当の家」に電話をかけようとする。

「本当の家」を探しにパジャマで外に出ようとするので、

暗い庭先で、今日は雨が降っているから天気のいい日に行こうと声をかける。


一緒に「本当の家」を探したい気持ちになるが、母が顔をしかめて首を横に振るのであきらめる。

確かに明日は仕事もあるし、外は寒そうだし こういうときどういう対応をしたらいいのかいつもわからない。

では、わたしたちがいま暮らしているのはいったい「どこ」なんだろうか。


11 月 18 日 夜

あなたの本当の家を探しにいってみよう。

幻聴や幻覚をもつ家族が具合が悪くなったとき、わたしたち家族は多少うんざりしつつ、戸惑いつつ、落ち着くのを待つ。彼女はどうしてこうなるのか考える、さっきの会話が気に障ったんだろうかと。それもあるのかもしれないが、傍目には何もなくても具合が悪くなる時もある。よくわからない。彼女はあの有名なアーティストのように自分に見える物を絵画にしたりはできない。「アウトサイダー・アート」とよばれる芸術の展覧会が開かれていたりするけれど、精神に障害(この言葉はあまりつかいたくないが)を持つ人が、幻覚や幻聴を「表現」できること自体がもしかしたら希有なことで、表現の仕方もうまく見つからないまま、投薬し生活している人のほうが大多数なのかもしれない。私自身は大学で絵を描いたり造形する人に囲まれて生活していたから、感覚が麻痺していたんだと思う。だれでも何かしら作ったりできると思いこんでいたが、そうでもなくて、できることできないことが人それぞれあると、妹と数年ぶりに一緒に暮らしてみて気づく。そして、それを互いに補うことができることも。

彼女が具合の悪くなったときに語る言葉は不思議だ。あの日は、ずっと自分が生まれ育った家に暮らしているのに「本当の家」を探しに外に出かけようとした。いったんその世界に入ると、家族がかける言葉は彼女に届いているのかよくわからないし、とても強い力で行動するので3人がかりで引き止める。引き止められないときもある。そもそもそのときの彼女の記憶とか経験はどうなっているのだろう。彼女の言葉を本当にやってみたら、なにかわかるのだろうか。家族のひとりは「言うこと聞かないとまた入院させるよ」とつい言葉がでてしまうくらい、老人と病人と一緒に暮らすことに疲れている。たぶんそんな家族はほかにも沢山いるんだろう。わたしたちが暮らす街は田舎なせいか、すぐに入院できる病院は、患者が幻聴や幻覚の症状がでると何をするかわからないし、スタッフの目が行き届かないという理由で保護室にいれる。(都会の病院がどうかはしらない。)保護室というのは、あばれたり幻覚をみたりすると入れられる部屋で、そこにはなにもないそうだ。彼女の主治医もたまに「入院したいんですか?」と、圧力をかける意味でその言葉を使う。

(しかし後で、あのときこう言われてつらかった、と話したら、決して脅したりしたわけじゃない、そういうふうに聞こえたなら悪かった、と主治医は謝ったそうだ。)しかし、それではまるで、幻聴や幻覚があること自体が罪のようだ。彼女は父母が死んだあと1人で生きていけるのか不安に思っている。わたしは「八月の鯨」のように暮らそうよと朝ごはんを食べながら声をかける。これですこしは不安が収まるのだろうかと思いながら。わたしがいつか家族とはなれて暮らしても、老人になったら同じく老人の彼女と一緒に暮らすだろう。

投薬以外の、人生におけるなにかが、精神の病気を持つ人間に強く影響するのはなんとなくわかる。恋とか友達とか夢とか趣味とか。言葉にすると陳腐だけど。彼女は家と病院とコンビニとショッピングモールが生活圏で、デイケアに行けるようになることが、ここ数年の彼女の目標だ。彼女に、人生におけるなにか、が、いつおきるのか、わたしも待っている。でもいま、わたしたちはこうやって一緒にはみ出すこともできる。

CURATOR’S NOTE

《hidden names》(2014、2021年)は、黎明期の日本の精神医療について調査研究を続ける鈴木晃仁博士へのインタビューである。ここから見えてくるのは、世界の趨勢とは対照的に、私宅監置から措置入院まで、さまざまな形で精神病患者の存在を社会から排除してきた日本の精神医療の歴史である。そして《あなたの本当の家を探しにいく》(2013年)は、ある夜、「これは私の本当の家じゃない」と言って自宅を出て行こうとする妹に、飯山が付き従い、夜の街で彼女の本当の家を求め歩いた日の記録である。最後に妹が探し当てた「本当の家」とはどこだったのか?

これらの作品は、ここでは最新作から旧作の順に提示される。飯山にとっての出発点は、もっとも近くにいながら、精神的な病のために理解し合うことに困難を感じてきた妹との関係について考えることであり、そこから日本の精神医療の歴史や、日本の社会がどのように「他者」を作り上げてきたのか、という問題へと思考を拡げていった。しかし鑑賞者は逆に、社会や歴史の問題から、飯山由貴という一人の人間の経験と思考に向かって、距離を縮めるような鑑賞体験をすることになるのである。(K.E.)

CREDITS

hidden names

監督・編集

飯山由貴

講義

鈴木晃仁

翻訳

ジョナサン・ロイド・オーエン

謝辞

小峯研究所

Online Version re-edited in 2021.

あなたの本当の家を探しに行く

監督・編集

飯山由貴

対話と撮影

飯山千夏 飯山由貴

翻訳

岸本紗奈

PROFILE

©︎ 金川晋吾

飯山 由貴(いいやま・ゆき)

1988年、神奈川県生まれ、東京都を拠点に活動。
個人の生活や経験・記憶を、インタビューや記録資料のリサーチなどを通じてたどり、歴史や社会といった大きな文脈との関係性を見つめる映像作品やインスタレーションを発表している。本展出品の、精神疾患を抱える妹との間で、コミュニケーションの再生を試みた作品《あなたの本当の家をさがしに行く》を起点に、近代日本の精神医療の歴史と課題を追った一連の作品群は、近年の代表的シリーズである。
2015年、愛知県美術館APMoA Projectにて個展開催。主なグループ展に、「ヨコハマトリエンナーレ2020」(神奈川、2020)、「コンニチハ技術トシテノ美術」(せんだいメディアテーク、宮城、2017))、「歴史する!Doing history!」(福岡市美術館、福岡、2016)、など。